2018xx

 京都大学総長  

京都大学医学研究科長   

要請書

満洲第731部隊軍医将校の学位授与 (学位記番号: 2556)の検証を求めます(案)

貴大学が、京都帝国大学時の1945年(昭和20年)926日に授与した満洲第731部隊軍医将校(以下、同人)の学位論文 (学位記番号: 2556)の主論文1)には人道上看過できない、ねつ造と医の倫理に反する不正な箇所が含まれています。すみやかに該当する箇所を調査され、当該論文の非倫理性を検証され、その結果を・・・までにご返答いただくよう、要請します。

貴大学文書館収蔵の学位授与記録2) によれば、同人は1945年(昭和20年)531日に「イヌノミのペスト媒介能力ニ就テ」の論文を貴大学に提出し、医学博士の学位記申請を行いました。申請者の住所は満州第731部隊官舎、所属は満州第731部隊とあります。貴大学は、当該の学位記申請を受け付け、医学部教授会の議を経て、総長より文部大臣に学位認可を申請し、1945年(昭和20年)926日に医学博士の学位授与は認可(学位記番号: 2556)され、当該の同人の代理人に医学博士学位記医 2556号を届けました。

1. 不正があるとする学位授与論文の問題箇所

提出された論文は、イヌノミ(Ctenocephalus canis Curtis のペスト媒介能力についての実験的研究ですが、論文中の「Ⅶ 特殊實驗」の項3に人道上看過できない不正が認められます。

2. 不正の内容

 「Ⅶ 特殊實驗」で用いられた実験動物の「さる」は実はヒトであったと判断されます。その根拠は以下の通りです。 

2-1.論文に、サルが頭痛、高熱、食思不振を訴えた、との記述があります。この観察記述は極めて「擬人的」で、科学的に不適切な表現です。 

 通常サルが頭痛や食慾不振を「訴える」はずがありません4。実験動物学が発展し、様々な疾患モデル動物が利用できるようになりつつある現在でも、「頭痛などを訴える」ことのできるモデルサルが開発されたという報告は見当たりません5 

2-2.サルの体温は種によって異なることやサーカディアンリズムの変動幅が大きいことなどが知られています6。それにもかかわらず実験で用いたサルの分類学上の記載がありません。また、論文では「さる中110匹附着ノモノ)ハ39度以上ヲ5日間持續シ」と記されているのみで、各日の体温測定時刻も示されず、当該「さる」の平常の日内変動幅と観察された体温との関連について全く言及されていません。

2-3.満州731部隊では、当時、関東軍の憲兵隊に特移扱として拉致された中国人、朝鮮人、ロシア人などが「マルタ」(すなわち拉致した人びと)と称して人体実験に使われたことは周知の事実です。また当該部隊の研究棟に実験用サルが飼育されていたとの事実は確認されていません。 

3. 実験結果のねつ造

 上記実験は明らかに実験対象とした「マルタ」をサルと改ざんした実験結果のねつ造であると判断されます。

4. 論文の非倫理性・非人道性 

 本論文の発表以前に、サルペストあるいはサルノミのペストに関する研究報告は存在しません。ましてヒトとペスト動物の間でペスト媒介者としてノミを使用する実験は行われていませんでした。本論文で初めてサルと偽ってヒトにおけるペスト感染実験が行われたことになります。

 本論文はヒトをサルと偽った研究不正に留まらず、実験が極めて非倫理的・非人道的であることは多言を要しません。貴大学がこのような論文を学位論文として受理し、あまつさえ学位授与に値するとして文部大臣に学位授与認可を申請したことは極めて不可解です。貴大学におかれてはすみやかに不正箇所を調査され、当該論文の非倫理性などを検証されることを改めて求めます。

 注と文献

1)   本要請書で取り上げた満洲第731部隊軍医将校(以下、同人)の学位論文の存在は「陸軍軍医学校防疫研究報告」プロジェクトチーム(2004)での常石敬一報告により明らかにされ、常石敬一「陸軍軍医学校防疫研究報告 解説・総目次」 (15年戦争極秘資料集補巻23 陸軍軍医学校防疫研究報告 解説・総目次』不ニ出版、2005)において公表・解説された。同主論文の一部が、常石敬一『戦場と疫学』(pp205-207, 海鳴社, 2005)において翻刻引用され、論じられた。 

 なお、同人が学位申請時に提出した主論文(複写)http://war-medicine-ethics.com/KU/Thesis.pdf 同人が学位申請時に提出した主論文(翻刻版)はhttp://war-medicine-ethics.com/KU/ThesisRepublicated.pdfで閲覧できる。

2)   京都大学大学文書館:学位授与関係書類(上)39(写真複写http://war-medicine-ethics.com/KU/Vtm.pdf)

3)  同人が学位申請時に提出した主論文中の「Ⅶ 特殊實驗」の項(翻刻版抜粋)

特殊實驗

イヌノミノ保菌後3日目ノモノヲ用ヒ下表ノ如ク1匹、5匹、10匹ノ3群ニ分チさるノ大腿部ニ附着セシムルニ次ノ成績ヲ得タリ 

 

8 イヌノミニヨルさる攻擊

區分

供試數

感染發症數

感染率

1匹附着

3

0

0%

5匹附着

3

1

33%)

10匹附着

3

2

66%

 

 發症さるハ附着後6-8日ニシテ頭痛、高熱、食思不振ヲ訴ヘ同時ニ局部淋巴腺ノ腫脹、壓痛、舌苔眼結膜充血ヲ其ノ他典型的ナル腺ペスト症狀ヲ示セリ、感染發症率ヲ見ルニ1匹附着ニテハ感染セルモノ皆無、5匹ニテハ1/3 10匹ニテハ2/3ナリ。

 發症さる中110匹附着ノモノ)ハ39度以上ヲ5日間持續シ發病6日目(附着後13日目)ニ死亡セリ。剖檢所見ニ於テ脾、肝鼠蹊淋巴腺ハ顯著ナルペスト病變ヲ呈シ又各臟器ノ塗抹培養ニヨリ脾肝肺淋巴腺ヨリペスト菌ヲ多數檢出セリ

 竝ニイヌノミニヨルさるノ感染發症死亡ヲ確認セリ 

4) 前掲の常石敬一『戦場と疫学』では「『発症サルは附着後68 日にして頭痛、高熱、食思不振を訴え』とある。サルが高熱を出しているかどうかの確認は可能だ。また食思不振であるかどうかも判断できる。しかし、サルが頭痛に苦しんでいることはどうしたら、把握できるのだろう」と記されている。

5) PubMed2015315日検索、キーワード: headache, model, monkey 

6)龍味哲夫「実験用サル類における生理・行動指標の日内変動ならびに保定訓化に関する研究」東京大学博士(農学)論文、報告番号:乙第12200号、授与年月日:1995315日。「いずれの種においても点燈とともに体温は上昇し、ツパイで39 ℃、リスザルで37 ℃、アカゲザルで38 ℃に達した後、昼間は小さな変動を繰り返しながら高体温状態を維持した。消燈後はいずれの種においてもすみやかに下降し、夜間は3536 ℃の低体温状態となり、34 ℃の日内変動幅がみられた。」

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学位授与の検証を求める案170928.pdf
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